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Salvador Dalí

03 13, 2007
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芸術的なもの、特に絵画なんてものには本当に自分は疎いなーと思う。有名な画家の名前なんて世界史に出てくるような人しか知らんし、絵で言ったらそれこそピカソの絵くらしか分からよーな気がする。ピカソなんてもはや芸術家というより一般常識レベルの知名度。もちろんその絵を見てどこがすごいとかもよくわからん。でもサルバドール・ダリは好き。けっこう前からブログのプロフィールにも”燃える麒麟”貼ってある。高校の時くらいに美術の教科書で知ってかなり衝撃を受けた覚えがある。芸術になんらかのパワーがあるとしたら、こういう絵を見た瞬間に言葉にならない感動を伝えるパワーなんかな。で、今ダリ展が大阪の天保山で開催されてて、昨日行ってきた。2時間半も滞在してもーたよ。平日ってこともあって人も少なめでめちゃゆっくり見れて、お満足。月曜日で人少ないってもそこそこ来てたから、こりゃー土日は混雑してて大変やろーなーと思う。

2時間半も集中してダリの創作した絵画とか挿絵とか家具とか見て思ったんは、ダリがその才能を発揮したのはやっぱり絵画だけやったんちゃうかなってコト。ダリは「芸術の才能は全てのことに応用できる。」って言ったみたいやけど、そうは思わんかった。ダリが作った雑誌や本の挿絵や家具や謎めいたオブジェは、絵画に比べるといたって平凡で、冒頭に書いたパワーみたいなもんが感じられへんかった。

よく言うやん?作者名を隠した俳句を10個並べて、どれが一番すばらしいか、って俳句に詳しい人にテストする。10個の中には素人が作ったものから、松尾芭蕉のマイナーな俳句まで混ざってる。すると、作者名を隠してるから、芭蕉の俳句は全然選ばれなかったりする。ところが、作者名を明らかにして同じようにテストすると、芭蕉の俳句が選ばれる。じゃあ俳句に詳しいはずの人は何で判断してるんか?ってなったら、それは俳句の内容で判断してるんじゃなくって、松尾芭蕉=すばらしい俳句を作る人っていう常識で俳句を判断したことになる。芭蕉が作った俳句でもしょぼい作品もあるはずやのに、芭蕉が作ったってだけでその作品の内容とは無関係に不当な評価を得てることになる。これっておかしくない?確かに、松尾芭蕉はすばらしい俳句を作った。だから有名になった。「俳句→芭蕉はすごい」これはわかる。でも、その後で起こる現象って、芭蕉の俳句やからすばらしい!「芭蕉→何でもすごい」これには疑問を抱くべきやんな。

だから、同じ理由でダリの絵画以外の作品には正直ピンとこないものが多かった。人生年表的に見ても、絵が売れる→有名になる→ファンが増える、名声を得る→絵画以外のデザインとかにも手を出す、って流れ。つまり後の方では、ダリが手がけたもんは何でもすごい、かっこいい、いけてる、みたいな状態になってやろーなとは思うねんけど。そこで、「芸術家の才能は何にでも応用できる」なんて発言したダリはちょっと勘違いやったんちゃうかと思うねんけどなー。「ダリ→何でもすごい」で出展されてる作品なら、”イチローが使ってたバット”みたいなもんやん。イチローが使ってたから価値があるのであって、バットそのものはただの木。ダリが書いたのもただの落書きの紙かも知れん。

ともかく、どんなに論理を並べ立てたところでダリの絵画以外の作品が本当に良い芸術作品かなんて俺には分からへん。もしかしたら、今の評価どおり”すばらしい”ものなんかも知れへんし、ダリが作ったものであるってだけで賞賛されてるんかも知れへん。ただ絵画に関しては、高校で初めて見た時みたいなパワーを感じれた。「感動した」って書いてしまえば、そこにまとまってしまう気がする。実際に生で見てみると、細部にまでめっちゃこだわって書かれてるトコとか、それで離れて見ると違うように見える工夫がされてたりとか、いろんな要素に圧倒される感じ。ダブル・イメージとかってほんまにおもろいと思うし、現実世界に多々あると思う。そういうメッセージ性とか。

その後、心斎橋で良い本屋を発見した。雑誌が多いし、おもしろそうな本がいっぱい置いてた。地下はカフェになっててコーヒー¥280。広いし客少なめ。
STANDARD BOOKSTORE

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「私と狂人との唯一の違いは、私が狂っていないことだ。」
サルバドール・ダリ
-2 Comments
By 03 13, 2007 - URL [ edit ]

芸術分野、特に絵画には恐ろしく疎いんでちょっと興味を持って読んでみました φ(..)メモメモ...

僕の知っている数少ない芸術家のひとり、ゴッホなんて生前は低い評価やったのに死後になって神のごとく崇められたり、あれも僕にはよくわかりません。

芸術、とりわけ絵画には機械とかのように便利だとかスマートだとかそういった機能性がないから作品の良し悪しを決めるのは見る側の審美観にゆだねられるわけじゃないですか。ゴッホの場合、作品としてポテンシャルを秘めていて、それは生前の風潮にはあわず、死後になって表現主義の風潮に見事にマッチして高く評価されたわけです。

じゃあ、芸術作品ってのは、ある程度のテクニックをつかめば、結局のところ時代時代のブームにあうかあわないかで判断されてるんでは?それとT樹さんが書いたように、有名な人の作品は素晴らしいという一種の固定観念によって判断されているということだと思います。

だって、そうじゃなくゴッホの絵に時代やブームを超えた普遍的なすごさがあるなら生前から高く評価されてたはずです。ゴッホの絵は後世の表現主義によってその作品が評価され、じゃあ表現主義じゃないいま現在はなにによってゴッホが高い評価をうけているかというと、ゴッホという名前によって高い評価をうけているということだと考えられます。それってブランドもののカバンを持ってはしゃいでいる女子高生と同じレベルですよね。

僕もたまに大丸の絵画展とか行ったら、「あっ、これいい」って思う作品があります。なぜいいかはわかりませんし、直感的にビビビッってきたとしか言いようがありませんけど。でもそれを見て他の人が僕と同じようにビビビッってくるかは確信がありません。でも、ゴッホやダリの作品はどれもすごいんですっていうのが世間の評価。

もっとしっかり勉強したら違う見え方ができるのかもしれませんね。芸術って難しいです。

日記なみに長いコメントになってしまったw

By T03 14, 2007 - URL [ edit ]

なんかゴッホてそうとう暗い人生やな。。。耳切って友達に送りつけたんやろ。しかも最後は自殺なんて。げろげろ

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